先日、友人と新しい企画のアイデア出しをしてまして、ふと思い出した「子どもの体からワニを描いた」WS。なんでそんなことしたんやろ?と振り返りながら、その当時、寄稿のため書いたのに、使わなかった文が出てきて。この突飛なWSは、ワニの化石へのロマンから生まれたんだと思い出し。せっかくだから、載せてみます。
ワークショップは、
<何をするか?> 内容も重要ですが、
<どうして?> 発案理由=コンセプト が 独創性を高めてくれる。
そして、参加者が「行動する目的」を楽しめた時、さらに活動が豊かになる。
この「行動する目的」を、お芝居でアプローチすることが、私は好き。
岸和田を散策したある日の随筆
電車に揺られて、2時間。京都から岸和田は、遠い。阪急淡路駅から天下茶屋駅までは地下道だったから、南海の車窓から眺める景色は、心地良かった。遠くの煙突に目をやりつつ、手元のスマフォで検索していると駅に着いた。
目的地は、岸和田自然資料館だ。ワニの化石が見たかった。60万年前の岸和田にワニが生息していたことに、ロマンを感じていた。ぜひ実物を見てみたい。この先まっすぐで、どこかで曲がれば着く。スマフォを鞄にしまい、歩いた。
初めて岸和田に来たのは3年前だった。きしわだアートプロジェクトに同行し、保育所に伺った。そのプロジェクトでは、ハピドラや石琴などの少し変わった打楽器を使って劇遊びをした。子どもたちが、次から次へと楽器を持ちかえ、力強く叩く姿を、今でも覚えている。それから毎秋に岸和田の保育所に伺っている。
私は、京都で子育てをしながらお芝居を作ってきた。私のお芝居は、遊び。子どもたちと工作やダンスをしたり、謎解きをしながら進める。そんな“遊ぶお芝居”を、岸和田で創ることになった。嬉しい。お芝居の遊びは、想像力と創造力を使う。目も手も体も動かして遊ぶ。それは、とても刺激的だ。岸和田の子どもたちを夢中にさせたい!その姿を想像して、私も興奮してしまう。
と言っても、お芝居はもう少し先の予定。まずは、遊びの時間を開催する。
正直なことを言うと、コロナ渦での開催に戸惑った。落ち着くまで待つべきではないかと思うこともあった。けれど迷う私の傍らで、我が子はいつも遊んでいる。飽きては、次の遊びを見つけていく。そうか、子どもは今を生きているんだ。子どもに待つ時間はないと気づいた時、“それなら万全な対策をして、今の遊びを届けよう。”と、心に決めた。
大きな交差点を渡って、ノスタルジックな街道を進むと、その先に神殿のようなビルが見えた。あれは、浪切ホールだ。あそこは、もう少し先の遊び場になる。その前に、ワニに出会わないと。左に曲がって、ウロウロと進み、目的地に着いた。
ワニは、漆黒の石だった。細部を覗くと、眼球が吸い込まれそうになった。キシワダワニは、頭蓋、下顎骨、歯、脊椎骨、肋骨、上腕骨、大腿骨など、かなり多くの部位が掘り出されている。その化石をつなげて描いた復元図が展示されていた。4mほどの大きなワニ。このワニは、どんな暮らしをしていたのか。想像が膨らむ。そして、そんなワニが眠る地に、私は立っているんだ。じっと見ていると、復元図が人の体に見えてきた。もしかして、私の体にもワニが眠っているのではないか。
想像は私を乗せて飛んでいく。私の体にワニなんかいない。けれど、もしかしたら。子どもたちの想像力が合わされば、私の知らないワニの世界に行けるかもしれない。そんなロマンで遊ぼうと思う。
そんなWSの活動報告は、こちら。
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